新薬一つだけに年2兆円の医療費
問題の新薬は、新しいタイプのがん治療薬「オプジーポ(一般名ニポルマブ)」だ。
がん細胞を直接破壊する従来の抗がん剤とは異なり、がん細胞が掛けた免疫のブレーキを解除して、免疫力を回復させがんを攻撃する。当初の治療対象だった皮膚がんの悪性黒色腫だけでなく、昨年12月から患者の多い1部の肺がんにも公的保険が適用されるようになった。
一方、オプジーポにかかる膨大な医療費は公的保険制度を脅かしそうだ。日赤医療センター化学療法科の国頭(くにとう)英夫部長の試算によると、標準的な体格の人にオプジーポを投与すると一人当たり年3460万円かかる。対象となる肺がん患者5万人全員に投与した場合、年間2兆円ほどかかる。これは、現在の日本の薬費全体の2割に達する額だ。国頭部長は、「肺がんへの適用拡大後、オプジーポの売り上げは急激に伸びており、このままでは国が亡びかねない」と危惧する。
高額の薬の適用拡大に疑問
ある医師は、「コストを考えずに薬を使い続けて、将来の世代に負担を先送りする今のシステムでは立ちいかなくなる」と語る。毎日新聞が実施したがん患者30団体へのアンケート調査でも、「高額医療制度があっても、患者負担は多すぎる」と、がん治療薬の高額化を問題視する意見が約半分を占めた。
薬価の決め方も問題だ。薬価の決め方は一般に、薬の開発などにかかった費用に一定の利益を上乗せし、その総額を推定される患者数で割ったものを、厚生労働相の諮問機関「中央社会保険医療協議会」が了承する・・というのが大まかな流れだ。オプジーポは当初、悪性黒色腫という患者数が年470人と極めて少ない皮膚がんを対象にして薬価がついた。患者が少ないため、高額になった。では、年間5万人の肺がん患者に適用するとなったら、価格は1万分の1で良くないか。薬剤会社が儲かって、国民の保険料が増えるのは何かおかしい。
~がん克服~
働く人に支援策
厚生労働省は2月、がん患者らが治療と仕事を両立できるように支援する事業所向けのガイドラインを発表し「時間単位の休暇制度や時差出勤制度の導入」「医療機関との連携」などの支援策を盛り込んだ。5年生存率は6割近くになり、通院しながら働く人は32.5万人と言われる。一方、診断時に働いていた人の25%ほどが退職との調査結果もある。
療養中に復帰計画
「毎年健康診断を受ける事の大切さがよくわかった」。生活協同組合コープみらいのAさん(男性59歳)は、店長として働いていた昨年5月、職場の診断で異常が見つかり、7月に初期の胃がんと告知され、8月に入院し胃の2/3を摘出した。
コープみらいは2010年度、病気で休職した職員向けに最長2年の復職支援制度を設けた。Aさんは自宅療養の間に、産業医や人事担当者と面接を重ね計画を立てた。勤務先を自宅に近い店舗に変え、昨年10月からリハビリ訓練を始めた。勤務日数を週3回から徐々に増やし、今年1月から副店長として勤務に復帰。月一回、有給休暇を取り通院する。
コープみらい労働安全衛生課の深井好子さんは「胃がんの術後は食事量と内容の管理が難しい。早期復帰を目指す人の意欲を尊重しつつ、無理のない計画を考えた」と話す。
誰もが働ける環境整備を
東京都内の家電メーカーに勤めるBさん(女性47歳)は、13年に乳がんと診断された。1年休職して抗がん剤治療や手術を受け、半年の時間制限勤務を経て、今は通常通り働く。休職中の仕事は同僚が数人で引き継ぎ、「病名は伏せたい」との希望もかなえられた。上司がいつも「無理しないで」と言ってくれたことにも救われた。
AさんBさんの場合は、会社がよく対応したケースだが、パートや派遣など非正規雇用などでは、契約打ち切りが心配で休めない人も多い。誰でもが病状に応じ、働ける環境つくりが望まれる。
大圃 研(おおはた けん)先生
NTT東日本関東病院消化器内科内視鏡部長・主任医長
1974年 生まれ
1998年 日本大学医学部卒業
1998年 JR東京総合病院内科研修医
2007年 NTT東日本関東病院消化器内科医長
内視鏡分野では、ずば抜けた実績を持つ名医
食道・胃・大腸まで全ての消化管の早期がんに対する内視鏡治療(ESD)を得意とし、大腸ESD症例数は年間日本一。全国さまざまな施設から内視鏡の依頼を受け、多忙な日を送っている。これからの内視鏡の世界を牽引していくドクターの一人だ。
医師を目指したきっかけは?
かっこいい話って無いんですよ。僕の所は父親も祖父も祖母も医者なんで、一族代々と3代医者が続く家計なんです。一族全員医者で開業をしていて、そこに長男として生まれましたから、小さいころから「お父さんの跡を継いで医者に」と言われて育ってきているんです。自然と医者になる環境だったんですね。
家は入院設備のある病院で、毎日父親は隣で手術をしているわけです。部屋の中には手術の写真とか、取った胆石なんかごろごろ置いてあるような家だったんです。病院と直接繋がっていて、24時間呼び出し音が鳴っているのが当たり前の家でした。子供のころは、何になると言うよりも医師になるしかないという環境でした。
何となく周りから尊敬されている職業らしいと感じていて、自分でも医者になるのは全然嫌いでなかったり、ごく当たり前のように医師になった感じです。
崇高な志は無かったが
学生時代は猛勉強したかというと、それほど苦労はしてないです。お酒飲んであそんでばっかりで、人の命を救ううという崇高な志を全然持たないまま医者になってしまった。正直なところ、大半の人はそうじゃないですか。
研修医になってからはどうかというと、やっぱりふざけていましたね。人に言われている事をやっているだけですから。ただ、遅刻なんかをするわけではないし、もともとやることを一生懸命やるタイプなんですよ。ものすごい凝り性で、始めたことにはのめりこむんです。学生のうちは遊ぶのが楽しかったんですが、医師になったら、今度はこっちで一番になりたいという思いが出てきたのは確かですね。
無給の時期:この先生に教わりたいの一心で~
僕は特殊なキャリアを歩んでいて、医局に入らずにきているんです。現在の日本の医局制度の中で、特に当時、医局に所属せず単身で行くのは非常に安定しない道なので、大学の医局に入らない人はまずいなかった。僕に安定という言葉がかけていたかも知れないけど、大学に何のために戻るか全く分からなかったんです。それよりも自分のいた病院に教わりたい指導医がいて、やりたいことをひたすらやっていた感じです。それが、そのころ始めた内視鏡です。
研修が終わった後も、非常勤の嘱託という非常に不安定な身分で病院に残りました。当時は現在の様な後記レジデントというポストは無くて、実は最初は無給のような立場でしたね。当時の病院でも前例のない立場で、正規の医局員扱いではなく保険も国保という状態です。あまりにひどい待遇で周りの人からは辞めた方が良いと言われたんだけど、「この先生に教わりたい」という思いだけでやってしまいました。
医局に入る入らないの選択は、当時夢中でそういう事を考える暇もなかったからで、今振り返ってみるとどちらがよかったかなんて分からないと思います。医局に入っていなかったからこそ今があるかも知れないし、医局に入っていたらまた違う医師としての人生はあったでしょう。正直、どちらが良かったなんて比べられないので考えるだけ時間の無駄だと思っています。ただ右へ倣えで人と一緒の道にという考えはないですね。それで嫌なことがあると、後悔してもしきれない。
内視鏡に没頭
いずれにしても無給というのは異常ですね。平日にアルバイトもできたんですが、原則断っていました。勉強するために残っているのにアルバイトをしていては意味がないからです。土曜の昼から月曜の朝までの当直のアルバイトを月2回やって生計を立てていました。それでも生活は苦しくないんですよ。朝から晩までずっと病院にいてお金を使う事がないから。そんな風だから飲んで遊ぶと言うのはピタリと止まりましたね。
僕は頭が悪いので、採血結果とか検査データーなんかをいじくり回しているのは好きではなかったけど、内視鏡は完全にテクニックの問題ですから、そういうのが面白かったんですね。元々指先が器用だったんですが、もっとうまくもっとうまくと、夢中でした。
それから、朝は誰よりも早く病院に行くようになりました。朝6時台から病棟を周って、カーテンを開けながら回診してました。とにかく朝のうちに仕事を終わらせて、上の先生達が9時に検査を始めるのに間に合わせていました。内視鏡は数をこなし、上手なものをたくさん見ないと上達しない。後でもできる書き物等は夜にやっていました。内視鏡は病室よりも内視鏡室が一番の現場で、常にそこに居られるように環境作りをしていました。
今は教える側になったわけですが、僕は要領のいい切れ者だと思っていないんです。だからズルをせずに地道に粛々と頑張る人をかわいがっています。自分がそういう風だから信用できるし、将来ものになると思って一生懸命教えます。そういう人はどんくさい(笑い)からよく怒るんですけど、僕の評価基準ではすごく高いですしそうやって粛々とやっていれば必ず道が開けると思います。
患者団体アンケート
毎日新聞は、全国がん患者団体連合会に加盟する30団体に、がんの医療費についてアンケートを行った。結果、最近の抗がん剤の高騰により「医療費を払えない為、治療をあきらめる患者少なくない」との訴えが多く寄せられた。一方、医療費の増加や健保組合の破綻を心配し、「医療費の無駄を減らすべきだ」「高齢化で増えている医療費全体の見直しも必要だ」という意見も数多くあった。
払えず、治療を断念
2000年以降、がん細胞にある、特定の物質を狙って増殖を抑える「分子標的薬」が次々に登場し、価格も上がった。アンケートは今年3月に実施。27団体から回答があったが、ほとんどの患者団体が「抗がん剤の価格が高い」「やや高い」と回答した。また、「高額療養費制度があっても、患者の負担が重過ぎる」という意見も多くみられた。
千葉市の女性は、「分子標的薬のぐりぺっく=イマチニブ」を飲み続けなければならないが、子供が小さくこれから教育費もかかるのに、自分の事に多くのお金を掛けられない」という切実な問題を語った。また、「乳がんでも次々に新薬が開発されているが、価格は高い。助かる道が出来たのに、その道を選ぶこともできない」との意見も多くあった。
沖縄県がん患者会連合会の安里香代子事務局長は、「沖縄のように離島が多いところは、通院のための渡航費や滞在費が多くかかり、治療をあきらめる人もかなりいる」と話す。
高額な医療費を削減・多角的に
最近は、一般的な体格の男性が1年間続けると3500万円ほどかかる新タイプの抗がん剤「オブジーポ=ニポルマプ」も登場。