がん克服【肝がん手術のプロフェッショナル】
- 2016年10月08日
- がんの名医
高山忠利(たかやま ただとし)先生
日本大学医学部長 消化器外科部長 消化器外科教授
1955年 東京生まれ
1980年 日本大学医学部卒業
1984年 日本大学大学院医外科学終了
1987年 国立がんセンター中央病院外科チーフレジデント
1989年 同病院外科医員
1995年 同病院外科医長
1995年 東京大学医学部第二外科講座講師
1996年 同講座助教授
1997年 東京大学大学院医学系研究科肝胆膵移植外科助教授
2001年 日本大学医学部外科学講座外科第三部門教授
2004年 同講座消化器外科教授
テレビ出演
● 医療ルネサンス(2004年7月3日、日テレ)
● これが世界のスーパードクター(2006年3月18日、TBS)
● スーパーモーニング(2007年5月28日、テレビ朝日)
● ヒポクラテスの誓い20015年6月23日、BS-TBS)
● プロフェッショナル仕事の流儀(2015年9月28日)
● L4YOU!(2016年5月18日、テレビ東京)
尾状葉切開手術を、世界で初めて成功
細心と革新をモットーに、胆管膵がんの外科治療に取り組み、肝がん手術数全国一位を誇る高山教授は、1994年に肝尾状葉単独全切除術(高山術式)を、世界で初め成功させた。尾状葉とは、肝臓の最も深い部位で、そこにがんが発生した患者はそれまで手術不可能と判断されていた。医師も患者もあきらめていた肝臓がんに、大きな光をあてた医師だ。
肝臓外科の世界的な権威・幕内雅敏先生に師事
高山教授は、大学卒業後父親との約束で卒業後は開業医になるつもりでいたそうです。開業は外科医で、当時不治の病と言われていたがんに興味を持ち、それに挑戦してみたいと大学院で癌研究に励み学位を取得。その関係で卒業までの短期間、国立がんセンターに短期の臨床研究に行くことになる。
高山:そうしたら、そこにいらっしゃつたのが幕内雅敏先生でした。初めて先生の手術を見たときは衝撃でした。美しいんですよ、動作も術野(手術を行っている部分)も全てが美しかった。それにストイックな姿勢にも驚きました。その上365日休み無し、本当に毎日毎日来るんですよ。(笑い)正月もいらっしゃる。もうそれだけで尊敬です。
研修は半年でしたが、その後すぐに幕内先生から電話がありまして、「国立がんセンターで中堅医師を育てるシニアレジデント制度を始めるから来ないか?」と誘っていただいたんですよ。結局それがきっかけでしたね。開業医をあきらめるのは。
それから約15年間、一緒に肝がん手術や生体肝移植をしました。後に先生が母校の東京大学に戻られてからは、僕は助教授として先生の下についてみっちり仕事をしました。その当時は一蓮托生のようなもので、ずっと病院内で一緒でした。
幕内先生は、人には一切教えない方でした。僕がレジデント(研修医)として国立がんセンターに行ってすぐの時に、ちょつと手術のヒントを伺おうと思ったら聞こえない振りをされてしまいました。あぁこれは盗むしか無いかと思って、それ以来15年間一度も質問しませんでした。これが私の手術の原点となりました。一流の医師になるには、自分で考え結論を出す。そして責任を取る。それと、先生が口癖のように言われていた「人間、そう能力に差は無いんだから、人が遊んでいるときに努力しないと勝てないよ」という言葉を肝に免じて精進してまいりました。
肝がん手術数では全国一
高山先生は、2001年より日本大学板橋病院でメスを振るうが胆管膵手術は年々増加し、2008年より肝がん手術数では全国第一位(朝日新聞調べ)を誇る。
しかも、術後の5年生存率の全国平均は53%であるが、板橋病院の場合61%だ。それを70%以上にしたいと、また闘志を燃やす。実に頼りがいのある、信頼のおける先生だ。
~がん克服~
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